作者:狐火マナ

旅をしている夏目がアルマと出会う話。

作成日:2019/10/06


荒廃した廃墟の中、真夏の太陽に照らされながら一人の修道女が歩いていた。 「チッ、なんで俺がこんなこと……」  修道女らしからぬ口調で文句を言う彼女は、こんなではあるが、元居た修道院ではそれなりに好かれていた。  彼女の演技力の高さが功を奏したともいえるだろう。 「にしても荒れてんな。戦争でもしてたのかってぐらいだ」  などと言いながら街中を彷徨っていると、前から歩いてくる一人の人が彼女の目に映った。 「誰だ、あれ? ていうか、なんでこんな所に?」  少し訝しんだ彼女だったが、意を決して声を掛けてみることにしたようだ。 「すみません! そこのあなた!」  先程とは全く違った、表向きの口調で話しかける。  呼ばれた方はというと、こんなところに人間がいるなど思ってもいなかったのだろう。驚いた様な顔――目が前髪で隠れていたため、それを読み取るのは難しかったが――をして、修道女の方を見る。 「え、ぼ……僕のこと?」  動揺したようにそう答えたその人物は、男とも女ともつかない様な背格好をしており、丈の短い着物を身に纏っている。  その足には包帯が綺麗に巻かれているが、特に怪我をしている様子はない。 「あなた以外に誰がいるのですか。……その足の包帯は?」  あまりにも異質なそれに対し、彼女が疑問を抱くのも仕方ない。  しかし、それを訊かれた相手は、俯き言葉を濁した。 「いや……その、それは……」 「人には言えない怪我なのですか? ちょっと見せて下さい」  少年に詰め寄る修道女。  傍から見たらちょっとした事案なのだが、他に人はいないので何ら問題は無い。 「ちょっと……やめてよ!」  思わず修道女の腕を払いのける少年。  そのはずみで彼の着物の袖が捲れた。  そこから覗くのは、顔などと同じように白い綺麗な腕……ではなかった。  いや、肌自体は綺麗であるのだが、問題はそこではない。  袖口から、無数の瞳が修道女を覗き込んでいたのだ。 「ッ――! 人間かと思ったらバケモンかよ!」  驚きつつも、すぐに警戒して距離をとる女。そして相手の動きに注意しつつ、次の行動を考える。  一方少年の方はというと、女の動きから瞬時に戦闘能力を計り、どのようにしてこの場を切り抜けるかと計算しているようだ。 「お前、何モンだ!」  警戒しながらも、相手の情報を少しでも引き出そうと、質問を投げかける。 「僕? 僕はただの妖怪――極東の国の怪異の一種だよ」  そう言った後、妖怪はいきなり動き出した。女に向かって、黒い何かを投げたのだ。 「な――」  爆弾だろうか。修道女は、とっさに身を守ろうとする。が、暫く待っても何ともない。  恐る恐る目を開けてみると、妖怪が走って逃げて行くのが見えた。 「あ、おい、待てよお前!」  女はそれを迷わず追いかける。 「ちょ、何で追いかけて来るのさー!」 「聖職者がバケモンを見逃すわけないだろ! 神の名において、絶対に始末してやるよ!」  埒があかないと感じたのか、修道女は懐から拳銃を取り出す。 「あ、それ拳銃ってやつ? ていうか、なんでそんなの持ってんのさ!」  思わず叫ぶ妖怪。確かに、世間一般で言う聖職者は拳銃など持ってはいないはずだし、そもそも拳銃を見たことがなかったからだ。 「くたばりやがれ、バケモン!」  化け物の言うことには耳を貸さない、と拳銃をぶっ放す修道女と、それを間一髪で躱す妖怪。 「うわ、危ないなぁ。当たったらどうするのさ」  おちゃらけた様に言う妖怪だが、その表情に余裕はない。 (どうする、僕……せめて誰か、仲間とかいてくれたら……)  実のところ、この妖怪には戦闘能力があまりない。  出来ることといったら、相手を驚かすことぐらい。  それにひきかえ、見た所相手にはある程度の戦闘経験があり、おまけに武器持ち。 「……は」  絶望的すぎて、思わず笑みが零れる。  おもしろい、何が何でも逃げ切ってやる。  決意を固め、足を速める。 「逃げるんじゃねぇよ!」  それを追いかけるために修道女も走る。  逃げる。追う。逃げる。追う――

――どれだけそうしていただろう。先程まで真上にあった太陽は、もうじき沈んでしまいそうだった。  このまま続けていてもどうにもならないと思ったのだろう。妖怪が口を開いた。 「あのさ、今回だけでいいから、見逃してもらえないかな」  その言葉に動じることもなく、修道女は銃を撃ち続ける。 「やっぱダメか……。ねぇ、なんでそんなに僕を殺したがるのさ」  別に何も悪いことしてないじゃん、と付け加える。 「は? んなモン、決まってんだろ」  修道女は、手を休めず続ける。 「お前が、人間じゃないからだ。オレはこんなだが、一応信仰心とかは強いんだぜ?」  その言葉を受けた妖怪は、少し悲しそうな顔――これも、とても読み取り辛いものであったが――をしたが、すぐに元の調子に戻って話し始める。 「それって要するに、人間以外に価値は無いってこと?」 「よくわかってんじゃねぇか」  だからさっさとくたばれと笑いながら言う修道女。 「じゃあさ、君たちの所の『神様』とやらはどうなるのさ。ソレだって、人間じゃないんでしょ?」  少し考えれば分かる事ではあるし、反論の余地も残されているだろう。  だがこの修道女は馬鹿であった。  その言葉に反論することなどできなかった。 「あ……そ、それは……」  修道女の攻撃が止んだ其の隙に逃げようと考えていた妖怪だったが、顔を上げ前を向いたた時、その動きが止まった。  そこには、頭を抱えながら涙を流し、うわ言のように何かを繰り返し呟いている、先程の修道女がいた。  先程の発言の何が彼女をそうさせたのかは分からないが、とにかく彼女は泣いていた。  妖怪も、修道女をこのままにして今のうちに逃げることもできただろう。  だが、そうはしなかった。 「あの……ご、ごめんね?」  まさかこんなことで泣かれるなんて、という言葉をすんでのところで飲み込む。 「えっと……取り敢えず、落ち着いてお話しない?」

僕と修道女は座って話をしていた。 「――要するに、君はここらに現れるって言われている化け物を倒しに来てて、僕の事をそうだと思ったってこと?」  修道女は頷く。 「あー……でも、それなら心当たりあるかも」  と、僕は語る。 「昨日の夜ぐらいかな? すっごく青白い顔をした人がいてね。凄い良い人そうだったけど、もしかしたらその人がそうだったのかな?」  目を見開き驚く修道女。 「そいつはどこに向かったんだ? 実際に探し出して、確かめてやるよ!」  と、僕に詰め寄って言う。それを手で制しながら続ける。 「えーっと、今はね……ここから東にいった所の廃墟の中にいるっぽいよ」 「なんでそんなことが言えんだよ」  実際に見た訳じゃないだろ、と付け加えられる。 「僕には見えるんだ。だから、一回だけ信じてみてよ」

オレは、この妖怪――百々目鬼(ドドメキ)というらしい――と共に廃墟の中を歩いている。不本意ながらな。 「ホントーにこの道で合ってんのか?」  こいつが道が分かるとか言うから一緒に行動しているのだが、一向に着く気配がない。  先程まで朱に染まっていた空も、いつの間にか闇に溶けていた。 「もうちょっとだから……」  半信半疑で着いて行く。まあ、もしこれが嘘で罠だったとしても逃げ切れる自信はある。 「多分この辺……あっ! あそこだよ!」  百々目鬼が指差した建物は、周りのものと比べても頑丈そうなつくりで、確かに誰かが住んでいてもおかしくないものだった。  そして、まさにその瞬間、中から――かなり中性的な姿をした――青年が出てきたのだ。  ……なんで俺の周りには中性的なやつばかりが集まるのだろう。  いや、そんなことよりも、 「あいつか……!」 「あ、ちょっと!」  百々目鬼の静止も聞かず、オレはそちらへ向かう。 「失礼します。ここらに怪物が出るという話があるのですが、もしかして貴方ですか?」  ほんとは聞かなくてもわかってはいるけど、一応な。 「そ、そんな訳ないじゃない!」  あ、こいつもしかしてオカm……いや、そんなことはどうでもいいか。  目の前の青年は、青白い顔を更に青くしながらも必死に否定を繰り返す。が、もちろんそれは嘘だ。  溜め息を吐き、青年の胸に愛用の拳銃を突き付ける。さっき百々目鬼のやつを追うのに使ったやつだ。 「ガタガタ抜かすな、正直に答えろ。ここで何をしている」  抵抗を諦めたのか、青年は語りだした。  話の内容はとても回りくどかったので割愛するが、要するに『自分は吸血鬼で、人間の血を求めて来た。ただ、少し血を貰うだけで殺してはいないしそのつもりもない』ということらしい。  男の話を聞き終え、俺が引き金に手を掛けた時、百々目鬼のやつが止めに入った。 「まあまあ、彼も生きていくために仕方なくやってるみたいだしさ。許してあげなよ」  確かにそれもそうだが、神の名において、見逃すわけにはいかない。そんなことを考えていると、やつは更に続けた。 「それにさ、君の所の神様が本当に万能の存在なんだとしたら、そんな細かいことまで気にしないんじゃないかな?」  そんなの気にしなくても自力でどうにか出来るんじゃないの、と付け加えられる。  言われてハッとした。  その考え方は自分にはなかったものであり、恐らくこいつが外から来た者だからこそ生まれた考えなのだろう。 「……それもそうだな」  自分に言い聞かせる。実際、この百々目鬼は人間でないにも関わらず良いやつではあった。……まだ信用はしてないけどな。  他にも『良い人外』というのは存在するのではないか。  何故かは分からないが、その考え方は納得できるものだった。 「おい、バケモン……いや、吸血鬼。今回は見逃してやる。ただし、人間に危害を加えないと、今、ここで誓え」  ただ、ある程度の線引きは必要だ。 「人間さえ襲わなけりゃ、見逃してやるよ。ただし、それを破ったら……後は、分かるよな?」 「わ、わかりました……!」  俺の気迫に押されたんだろう。青年は大慌てで去って行った。  それを見送ったところで、百々目鬼に声をかける。 「お前……さっきは、その……ありがと、な」  不思議そうな顔をするこいつに続ける。 「少し癪ではあるが、お前の考え方は俺には無かったものだし、その考え方の方が良いと思った。何より、その方が楽だ」  素の自分が、誰かに感謝の言葉を伝えるのなんて、何時ぶりだろうか。言っててだんだん恥ずかしくなってきた。  百々目鬼のやつは、まるで可笑しいと言うように笑った後に言う。 「なんのことかな? 僕は思った事を言っただけだよ」 「そうかよ」  折角人が素直にお礼を言ってやったのに。 「……こちらこそありがとうね」  ぽつりと聞こえてきた声に、目線だけそちらに向ける。奴はこちらを見ないまま。  「僕の言うこと、信じてくれて」  そうか、こいつは―― 「――寂しかったんだな」 「へ?」  いつの間にか声に出してしまっていたらしい。そのつもりはなかったんだけどな。 「はは……もしかしたら、そうなのかもね」  俺はこいつの境遇など知らないが、なんだか少し悲しそうな声色をしていた。

「さーてと、そろそろ行こうかな」  気が付けば夜も明けてくる頃であった。  妖怪は、思いっ切り体を伸ばしながら立ち上がる。 「次は何処に行こうかな」  そして一歩踏み出そうとした所で動きを止め――少し離れた所で眠っている修道女に目を向ける。 「……君達の所の『神様』を信じるつもりはないけど、誓っといてあげるよ。僕は人間を襲わないって」  君が生きてるうちはね、と付け足し、そのまま振り返ることもなく歩き出す。  その背中に向けて、ぽつり。 「――その言葉、忘れんじゃねーぞ」  修道女が呟いた。


登場キャラクター

夏目

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