作者:狐火マナ

妖町本編時空からかなり時間が経った後、照がキョンシーの実験をする話。

作成日:2021/06/17


あれが死んでから、およそ十年の時が経った。  本来であれば、自分にとって一瞬にも等しいはずの時間であったが、あれのいない時は非常に空虚であり、永遠とも感じられた。  だが、もしかしたらあれを生き返らせる方法があるかもしれない、とあれの家に積み上げられた書物を読み漁ると、それらしき記述がいくつか残っていた。  かつて知り合った妖の死体をいくつか保管してあるので、当面の間はこいつらを使って色々と実験してみようと思う。

死人の蘇生に近しいものとして、ゾンビというものが挙げられる。  ゾンビと言うのは死体を魔術で動くようにしたものだとか、死体に別の魂が入り込んだものだとか色々なものがいるが、蘇生を失敗した場合になることが多いようだ。  といっても、死体が腐っていないのならその見た目は生前とあまり変わらないだろうから、ここをゴール地点として良いだろう。  さて、ゾンビを作ると言っても、自分は西洋の魔術など使えないし、それが使える知り合いもいない。  自分やあれとなじみが深かったのは、僵尸あたりだろうか。  実際に、何千年も昔の話ではあるが、あれが僵尸を使役しているのを見た事もあるので、あれや自分の使える類の術で問題なく使役できることだろう。  問題点と言えば、自分はあの時にほとんどの力を失っているということだが、あれらの封印が解けたことで少しだけではあるがこちらにも力が戻ってきたので、出来ないということはないだろう。  部屋の死体に術をかけ、経過日数も合わせて記録していこうと思う。

1日目  何も起こらない。

3日目  何も起こらない。

7日目  何も起こらない。  もしかしたら、一度にすべての死体に術をかけようとしたことによって、一つ一つに対する効果が薄まってしまったのかもしれない。  死体は、あれのものを除いて17体。  引き続き、経過を観察しようと思う。

12日目  死体のうちの一つ――伊香賀蘇芳の死体が、ピクリと動いた。  それ以上の反応はなかったが、一歩前進できたと思う。

15日目  伊香賀蘇芳の死体が、先日よりも動きを大きくした。  未だ目覚めるまではいかないが、こうなってしまえば後は時間の問題だろう。  他の死体は動く気配すら見せないが、一つ動かすことができればまた変わるだろうか。

21日目  伊香賀蘇芳の死体が目を開けた。  動きがとてもぎこちないが、筋肉が硬直している影響だろう。  喋ることも出来ず、意味のない音を口から漏らすばかりである。  どうも生前の記憶を失っている様で、本人の中で一番大きかった存在である姉のことしか覚えていない様だ。  無感情であるようだが、生前の特性を引き継いでいるだけなのか、僵尸となる時に感情が抜け落ちるのかの判別がつかないので、別の死体を言生き返らせた時に確認しようと思う。  取り敢えず、他の死体に何か悪影響があったら困るので、こいつは別室に運ぶことにした。

22日目  残った16体の死体に、もう一度術を重ねがけしてみる。  すると、そのうちの一つ――紅紫灯明の死体が少しだけ動いた。  伊香賀蘇芳といいこいつといい、どうやら大陸に所縁のあるやつの方が僵尸との親和性も高い様だ。  空いた時間を使って伊香賀蘇芳に言葉を教えたが意外に呑み込みが早く、五十音らしきものの発音がもう少しでできそうだ。  と言っても、筋肉が硬直してしまっている影響かあまり滑舌は良くない様で、ちゃんと喋れるようになるにはまだまだかかるみたいだ。  恐らく、僵尸となって目覚めた瞬間に脳がショックを受け、その影響で記憶が飛んでしまうのだろう。  今度からは念の為精神保護の術を用いた方が良いかもしれない。

24日目  紅紫灯明の死体は、伊香賀蘇芳の時程大きくは動かないが、確実に動く頻度が増えている。  きっともうすぐ目覚めるのだろう。  今のうちから、精神保護の術をある程度重ねがけしておこうと思う。  他の死体は動く兆しすら見せないので、やはり僵尸との親和性の問題だろう。  伊香賀蘇芳は、幼稚園児前後くらいまでは喋れるようになったのではないか。  次の時はこうならないと良いのだが。

28日目  紅紫灯明の死体が目を開いた。  精神保護の術をかけていたものの、やはりある程度の記憶は消えてしまう様だ。  紅紫灯明は、言語などの一般常識とか教養として括られるもの以外の記憶がほとんど欠如していた。  だが妖町に関連する単語、特に柘榴関連の単語について尋ねると反応を示すことから、少しは残っているものだと思われる。  筋肉の硬直により今は無理だが、少ししたら生前と同じくらいには動いたり喋ったりできることだろう。  伊香賀蘇芳も比較的体が動くようになってきたし、硬直が和らぐまでおよそ一週間といった所だろうか。

30日目  今日、紅紫灯明が生前の様に炎を出そうとして、身体が燃えかけた。  慌てて火を消したからどうにかなったが、今後は火を出させないように徹底しなければ……  まあ、生前の特性がある程度残るということが分かったので、結果オーライだろう。  伊香賀蘇芳の方はというと、先日よりもしっかりとした発音で喋れるようになった。  性格も生前に寄ってきているのを見るに、やはりそのあたりは身体の方にも紐づいているのかもしれない。

31日目  女狐のやつが実験をやめる様に言ってきた。  そう言ってくることはこれまでにも何度かあったが、実際に動く死体を見たことで危機感? が増したらしい。  奴が何を恐れているかは知らないが、万が一こいつらに襲い掛かられても自分が死ぬことはない。  本体の鏡には近付くことさえ出来ないのだし、そもそもこいつらは本体のことなど知らない筈だ。  そう言うと、奴は少しだけ悲しそうな顔をした。

35日目  紅紫灯明が、生前と同じくらいには喋れるようになったので、伊香賀蘇芳への教育を任せることにした。  その分の時間を自身の勉強と実験の時間に充てる。  結局あの二人以外が僵尸として蘇る様なことはなく、他の方法を考える必要がありそうだ。   38日目  失念していた。  幾ら元の身体があれらだといっても、僵尸は人の血を好む化け物だということを。  うっかり自分の血を彼らに見られてしまった。  目覚めてからここまで、一口も食事を摂っていない様なものなので、要するに物凄く空腹な状態と言える。  そんなところに餌を見せられては、それはもう美味しそうに見えることだろう。  逃げる間もなく抑え付けられ、首元に噛みつかれてしまった。  紅紫灯明の方ならともかく、伊香賀蘇芳の拘束ぐらいなら簡単に外せるものだと思っていたが、どうも僵尸になった影響で力が強くなっていたらしい。  一度血の味を覚えてしまったので、今後も定期的に血を飲ませる必要があるだろう。  だが、吸血鬼に血を飲まれると性的快楽を得る、という話に近いものを感じた。  ……まあそもそもの話、性的快楽というものがイマイチわからないが、きっとあんな感じなのだろう。

42日目  やはり自分の力だけでは無理があった様だ。  この目的を達成するためには、なにか人智を超えた力が必要だろう。  ……一つだけ、心当たりがある。  最近覚えた術を用いれば、それも可能だろうか。  僵尸二人にも言って、出かける準備をしなくては。

53日目  僵尸二人を引き連れ、ある寂れた神社を訪れた。  参道の端を歩き鳥居を潜ると、そこに奴はいた。  奴――苹果は、昔はそこそこ強い神だったらしいが、信仰を失った今となっては辛うじて存在を保てている様な存在だ、と自分は思っている。  それと一言二言言葉を交わした後、覚えたての術を試した。  以外にも効いた様で、自分はあれを式神とすることに成功した。  と言っても、術は未だ不完全なものであり、自分の力不足というのもあって本当に簡単な命令しか出来ないだろう。  まあいざとなったら僵尸にねじ伏せさせよう。  あの二人が言うことを聞かなかったとしても、術式の根底には、術者の身を護るという命令を組み込んであるので、きっと大丈夫だ。

56日目  苹果にかけていた術が破られた。  いや、逆によくここまで持ったものだ。  幸いにもあれは力が弱かったため、僵尸二人によって抑えられたが。  あれはその後何かを喚いていたが、一先ずは以前よりも簡易的な、しかし協力な術を用いて動きを制限することができた。  この術は、予め決めておいた一つ二つしか命令が出来ない代わり、以前の術よりも破られにくいものだ。  取り敢えず、僵尸のものと同じく『術者の身を護る事』そして、当初の目的でもある『実験をちゃんと手伝う事』を最優先に据えておいたので、最悪の事態にはならないだろう。  細かい命令は聞かせられないし、恐らく反抗してくることも多いだろうが、無いよりはマシだろう。

59日目  苹果を連れて、死体を置いてある地下へ降りる。  防腐処理もきちんとしてあるので新鮮な死体と何ら変わりはない筈だが、蘇生が可能そうか見てもらわなくてはいけない。  あれの死体を見せ、「できそうか」と尋ねると「一週間ほどあれば」と言われる。  悔しいが、やはり神の力と言うのは凄まじいものだ。

61日目  最近、伊香賀蘇芳や紅紫灯明に血を飲ませていると、苹果がそれを眺めていることが多い。  あれは女狐と同じで、こちらの苦しんでいる顔を見るのが好きらしいので、恐らくはそういうことだろう。  腕を切るのは少し痛いが、恐らくこれが一番効率良く食事を摂らせることができる。  しかし、このままでは自分の腕がリストカット跡だらけになってしまうかもしれない。  ある程度なら回復できるが、あまり小さすぎる傷は却って再生がし辛いので、何か代替案を考える必要があるかもしれない。

66日目  なんで、どうしてこんなことに。  静かだからと、文明レベルの低い地を選んだのが間違いだったか。  我が家の地下に死体が保管されていることを知った人々が、「あいつは悪いことをしているに違いない」と家を襲った。  あの式神のせいだったんだ。  あれが地下にある死体の事を僵尸共や近隣の人間に言ったらしい。  恐らくは、単なる面白半分の嫌がらせだろう。  ただ、もうあの家には住んでいられない。  あれの死体とこの書類を持ち出すのがやっとで、家具も、書物も、薬物も、服も、僵尸も、式神も、他の死体も、何も持ち出せなかった。


登場キャラクター

加賀美 照:僵尸

伊香賀 蘇芳(よその子)

紅紫 灯明(よその子)

苹果(よその子)

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