作者:狐火マナ

ハロウィンの話です

作成日:2019/10/31


神無月の末、町中が甘い匂いに包まれている。  そう、今日は「はろうぃーん」の日。  もともとは別の地方の祭りだったのだが、この町の住人は元来新しいもの好きなためすぐに取り入れられたのだ。  モンスターに仮装――といってもここの住人はもともと妖怪なので若干の縛りがあるのだが――した子供たちが町を練り歩き、人々からお菓子をもらうという祭りだ。  そんなこんなで、ボクは今「ジャック・オー・ランタン」の仮装をしている。  マントに使えそうなボロ布なら家に有り余っていたし、南瓜の帽子はどこに行っても売られていて――簡単に言ってしまえば楽だと思ったからだ。  本当なら仮装もしないつもりだったのだが、友人たちとの約束があるので仕方なく仮装している。あくまで仕方なくだ。 「待ち合わせ場所は確か……梓君の家だったな」  梓君はボクの友達の一人、土蜘蛛の男だ。  ボク達が集まる時は、なんだかんだで彼の家に集まる事が多い。  そんな事を考えながら歩いていると、一人の女性とすれ違った。  はろうぃーんの日ではあるし、声を掛けても不審には思われないだろう。 「そこのおねーさん!」  近くにいた女の人に声を掛ける。 「とりっく、おあ、とりーと!」  幼い子供の様に振る舞えば、応じて貰いやすくなる。これまでの経験から学んだことだ。 「あら、可愛いわね。お菓子をどうぞ」  手に持った南瓜の形をした容器いっぱいに詰められたお菓子。  思っていたよりも少し多目に貰ってしまった。あとで小波ちゃんか無花果ちゃんにでも分けてあげようか。  まあ、目的はそれではなかったのだけれど。 「ふーん。まぁ、そこそこかな」  簡単に言ってしまえば、お菓子を貰った時に財布をスッたのだ。  百々目鬼という妖怪は、いわば盗みのプロフェッショナル。そう簡単にバレることはないので、気付かれないうちにその場を離れる。 「時間は……まだ余裕がありそうかな」  ゆっくりと目的地に向かって歩く。    結局、辿り着いたのは時間ぎりぎりになってからであった。 「あー、ちょっと遅くなっちゃったなぁ」  と、言いながら扉を叩く。  中から、小さな足音が聞こえ、少し遅れて扉が開けられる。  そこには、悪魔の格好をした少女、無花果ちゃんが立っていた。  無花果ちゃんは、ここ梓君の家に住み着いている座敷童子だ。  梓君は? と訊いてみたところ、どうやらまだ帰ってきていないらしい。無花果ちゃんのご厚意に甘えて家の中で待たせてもらうことにした。  二人で他愛のない話をしながら――30分ぐらいだろうか――待ったところで、外が騒がしくなってきた。  何かあったのかなと首を傾げながら窓の外に目をやると一人の女の子がこちらに突っ込んで来るのが見えた。……え、女の子?  慌てて窓を開ける。その直後、今しがた開けたばかりの窓に、水色の髪をした女の子が波――ここは海から離れているため、とても小さなものであったが――を伴って突っ込んできた。  勢い余って腰を打ったボクに、大丈夫? と声をかける、魔女の様な格好をしたこの女の子は、海坊主の小波ちゃん。ボクらの中でも最年少で、底抜けに明るい性格をしている。  大丈夫だよ、と返事をして立ち上がりながら、ぐちゃぐちゃになった部屋の中を見渡す。 「これ、どうしよう……」  そう呟いた次の瞬間、玄関の戸が開かれる音がした。  ただいま、と声を発しながらこちらに近付いてくる足音と、それを出迎えに行った無花果ちゃん。そしてその後ろに着いていく小波ちゃん。  流石に一人でこの惨状を元に戻すのは――特に机を動かすなどは――無理だと思ったため、大人しく着いて行った。  その後部屋を見た梓君は少し苦笑したものの、あっという間に部屋を元の状態に戻してしまった。  そして一段落着いたところで、皆で小さなハロウィンパーティーを行った。  それぞれが持ち寄ったお菓子を交換したり、お互いの衣装を褒め合ったり、ちょっとした悪戯を仕掛けようとしたり(小波ちゃんの悪戯だけは全力で止めたが)、本当に小さなパーティーだったが、時が経つのを忘れる程楽しかった。  気が付けば日は既に傾き、空は橙と紫の綺麗なグラデーションを描いている。  ボクはそろそろ帰ろうと思っていたのだが、梓君も無花果ちゃんも「泊っていきなよ」と言うのでご厚意に甘えさせて頂くことにした。

その日の夜、食事を終えたボクは珍しく机に向かって文章――普段はあまりこういうことをしないので、何度も書き直しながらだが――を書いていた。 「うーん、違うな……」  後ろからちびっこたち(ボクも十分小さいのであまり人の事は言えないのだが、便宜上そう呼んでいる)が、何書いてるの? と覗き込んできた。ボクは咄嗟に腕で隠す。 「今ちょっと大事なお手紙書いてるから、あまり人には見せられないものなんだ」  ごめんね、と謝ると、しょうがないなんて言って許してくれた(小波ちゃんは少しだけ不貞腐れていた様な気もするが)。  ちょうどそのタイミングで、梓君が入って来た。どうやら、ボク等に就寝を促しに来たようだ。  まだ書きかけだった手紙を書きあげ、大事に懐にしまってから寝る支度を開始したのだった。

深夜――といっても11:30頃――ボクはゆっくりと起き上がる。皆が寝静まっているのを確認し、起こさないようにそっと家の外に出る。  外は肌寒く、ボク以外の人――妖怪はいない。静かに、且つ少しだけ速足で歩きだす。  辿り着いたのは寂れた神社、の階段の下。  冷たい石段を一段一段上る。暗闇にボクの足音だけが響く。  段を上りきり、鳥居をくぐる。今月は神様が留守にしているので、とても入りやすかった。  後ろを振り返り全身に風を感じたところで、先程書き上げた手紙を取り出す。そしてそれを丁寧に折っていき形を作る。  そして、目を閉じて、大きく息を吐き出して。  ――手の中の飛行機を、空に放った。  飛行機は、風に乗り真っ直ぐボクの言葉を、気持ちを運んで行く。  どうかこの想いが、届きますように。  その時、境内の空気が明らかに変化した。 (そうか。月が替わったのか)  神無月も終わり、もうじきこの土地の神様が戻ってくる頃だろう。  そう気付いたボクは、急いで神社を後にした。

家の前まで戻ると、小柄な人影が見えた。  近づいて見るとそれはどうやら無花果ちゃんで、何やら焦っているようだ。声を掛ける。 「無花果ちゃん、どうしたの?」  こちらに気付いた彼女は一瞬驚いた様な顔をした後、家に駆け込んでいった。  ……どうやらボクを捜していたようだ。  恐る恐る家に入る。玄関には三人が揃っていた。  そして、――まぁ、予想はしていたのだが、――三人からこっぴどく叱られた。  ボクとしても、黙って家を出たのは悪かったかなと、ある程度は反省していたのだが、もう二度とこんなことはしないと決意したのだった。  ――こうして、ボクの、いつもと少し違った日は終わったのであった。


登場キャラクター

夏目

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