作者:狐火マナ
夏目の過去話です。
作成日:2019/10/06
小さな町の中の小さな神社。 そこで遊ぶ三人の子供達。 とても楽しそうに遊ぶ彼らだが、日も暮れてきてそろそろ帰らなければならないようだ。 帰っていく二人と、名残惜しそうに手を振る取り残された一人の少年。 ――暑い、夏の日のことであった。
時は流れて、とある日の正午。成長した二人は町の中を歩いていた。 そのうちの一人――夏目(ナツメ)の方は、中世的な顔立ちをしており、一方もう一人の少女――夏目の姉の方はというと、意見すると普通の人なのだが、よく見てみると人では無いような不気味ともとれる姿に変わっている。 両の目の本来白目であるはずの所は黒く変色しており瞳の色自体も赤と黄色になっている。 更に、体の至る所に――本人は隠そうとしているのだが――黒い色の目が点在している。 彼女は、妖怪と化したのだ。 ――百々目鬼という妖怪に。 それでも、その隣に並んで歩いている夏目が、彼女を見捨てる事はなかった。夏目にとっては姉と、もう一人の友人が世界の全てであったからだ。 そして、幼い頃に遊んだ神社へと辿り着く。 「姉さん、着いたよ」 そういうと夏目は、姉を置いて境内へと入る。 妖怪は本来邪なる者であり、境内に入ることができない。少なくとも、この神社ではそうだ。 それを知っている夏目は、この地の主に入れて貰えるよう頼みに行くのだ。 「連、いる?」 名前を呼ばれて出てきたのは、かつて共に遊んだ少年。 他の二人と違い、全く姿は変わっていない。 唯一変わったことと言えば、少し髪が伸びたことと服が変わったこと。そして、眼帯で左目を覆っていることぐらい。 「夏目、久し振りだね」 そう返した少年は、この土地に住まう神である。 夏目は、鳥居の前に姉を待たせている事を伝える。 少年は頷くと、金色の瞳を閉じ指を鳴らした。 「結界を弱めたから、たぶん入れるようになっていると思うよ」 その言葉のすぐ後に、鳥居の方から足音が響く。 「連、毎回手間かけさせちゃってごめんね」 彼女が申し訳なさそうに言うと、少年は大丈夫だと答える。 「だって、瞳と会えるから。そのぐらい、全然大丈夫」 少年は、瞳の事が好きなようであったし、彼女も満更ではないようだった。 「まぁ、せっかく来たんだ。ゆっくりしていきなよ」 社の階段に腰掛け、皆で語らい合った。 昔遊んだ時は楽しかったとか、最近こんなことがあったとか、これからこんなことをしたいとか――とにかく、たくさんの事を話した。 その最中、夏目はいきなり立ち上がって言った。 「そういえば、さっきの買い物で買い忘れてた物思い出した! ちょっと行って来る!」 瞳は自分も一緒に行くと申し出たのだが、 「いいよ、姉さんは連と話して待っててよ。終わったら迎えに来るから」 と断られたため大人しく待つことにした。
先の買い物で買い忘れた物を買った夏目であったが、すぐには戻らなかった。 それは、姉と連の恋愛を応援したいという気持ちからであった。 (連なら信頼できるし、きっと問題もないでしょ) 漠然とそんなことを考えながら、行く当てもなくふらふらと町中を彷徨っていた。 結局、神社に戻ったのは夕暮れ時であった。 「姉さん、連、今戻っ――」 鳥居をくぐろうとした彼は、言葉を失った。 血溜まりの中に連が座っている。向こう側を向いているのでその表情を伺うことはできないが。 ××はまだこちらに気付いていない様で、夢中で『なにか』を貪っている。 彼の手には赤い塊が握られており、其れを口に運ぶ度に響く粘度の高い水音は、夏目に吐き気を催させるものであった。 夏目は口元を手で押さえ、込み上げてくるものを必死で抑えようとする。が、どうしても抑えきることが出来ず、その場に撒き散らしてしまう。 ビチャビチャと音を鳴らしながらその場に座り込んでしまう夏目に、××も気付いたようだ。 「覗き見は感心しないなー、夏目君、いつから見てたの? て、答えられないかー」 今も尚吐き続けている夏目に近付いてくる××。 「……姉さんに、何をしたの」 喋る余裕も無いだろうに、××に対して質問を投げかける夏目。 それに連はわらいながら答える。 「見てわからないかな? 『食べて』るんだよ」 そして連は語り始めた。 なぜこのような行動に出たのかを。
君も知っての通り、彼女は百々目鬼――妖怪だ。 僕は神だから、妖怪を討つ義務がある。 そんなことのために彼女を殺したのかって? いやいや、そんなことはないさ。 僕は彼女の『目』に惹かれたんだ。 彼女は、目を沢山持ってただろ? 僕には目が一つしか無いから、それが羨ましかったんだ。 だから食べた。 『僕は瞳の事が好きだと思ってた』? そりゃ好きだったし、愛してもいたよ。 だから、食べた。 あ、そうそう。彼女の両目だけは、妖気が濃すぎて食べられなかったんだ。 だから、これはキミにあげるよ。
一通り話し終えた連は、一息着いてから夏目に向き直る。手には黒い眼球を持っている。
「連……」
夏目が怯えているのも気に留めず、じりじりと距離を縮める。
「神の力を使えば、人を妖怪にすることだって出来るんだ」
そう言うと彼は夏目との距離を一気に詰め、手に持っていた眼球を彼の額に押し付ける。
押し付けられた眼球は、まるでそこがあるべき場所であったかの様にすっぽりと収まった。
「君は、彼女と同じ、百々目鬼になるんだよ」
その途端、腕や脚に違和感を感じた夏目。
「君が妖怪になれば、もう会うことも無くなるね」
そう言って悲しそうに笑う彼。
(もう、会えない……)
姉を殺されたといえども、彼も大切な友達であることには変わりない。
もう会えなくなるのは嫌だ。
そう思ったときには、既に夏目の体は動いていた。
夏目は連を思いっ切り殴りつけた。その衝撃で倒れ込んだ連に跨がり、追い打ちをかけるように何度も何度も殴った。
夏目が我に返った時、既に連は虫の息であった。
「夏目君、君は……」
悲しそうな顔で何かを言いかけた連であったが、首を振ると何時もの明るい表情に戻って言った。
「僕は神だから、死んでもいずれ生まれ変わる。まあ、記憶は無くしてるかもしれないけど」
そう告げると、彼は自らの胸に指を当てて
「じゃあ、またね」
そのまま自害した。
ただ一人残された夏目は途方に暮れた。
一日にして、大切な人物を二人も失ったのだ。
いや、ちがう。
ふたりは、そこにいるじゃないか。
夏目は、二人の死体に近付いた。
そして徐に手を伸ばし――
「……いただきます」
夢を、見ていた。 ひどく懐かしい夢だった。 左手に握った、黒い眼球を見つめる。紅い瞳は、まるで生きているかの様にこちらをまっすぐ見つめ返してくる。 右の手のひらを見つめる。少し金色の混じった瞳と目が合う。 自分の腕を見つめる。包帯の隙間から、蒼い瞳が覗き込んでくる。 長い前髪に隠された自らの両目に触れる。確かに自分は此処にいる。 全て、僕が僕であるための証であり、僕という存在を形作るもの。 「……進まなくちゃ」 完全に目が覚めた僕は、先程まで寄りかかっていた小さな石碑に手を当てる。 「……『一目連(ヒトツメノムラジ)――連(レン)、かつて愛した妖怪百々目鬼――瞳(ヒトミ)と共に、此処に眠る』、か……」 其処に刻まれた文字を小さな声で読み上げた僕は、少し自嘲気味に笑った。 二人は、僕の中にいるというのに。僕のせいで、安らかに眠る事すらできないというのに。 「……ごめんね」 その謝罪が何に対してだかは自分でも分からなくなっていたが、それでも謝っておきたいと思った。 その直後、まっすぐに立つのが困難な程の強い風が吹き荒れる。それは、まるで僕を此処から追い出そうとしている様であった。 「そっか……そうだよね」 僕は、理解した。 この風は、彼の起こすものと酷似していた。 「うん、悩むのはやめるよ。君だったら、そうするでしょ?」 くよくよしていては駄目だ。今の僕は、二人の魂を背負っているんだから。 長年過ごした神社を後にする。何故だかは分からないが、その方が良いと思った。 「行こう、此処じゃない何処かへ」 柔らかな風が吹く。まるで、僕の背中を押すかのようだった。
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