作者:狐火マナ
加賀美照の過去話。
作成日:2019/12/29
百々目鬼か。 こんな時間に来るなんて珍しいな。何か用か? ……話が聞きたい? そんなことのために態々ここまで? ……いいだろう。一つ、話を聞かせてやろう。 昔々、大陸での話だ。 その当時の皇帝は、女に溺れ、悪逆非道の限りを尽くしていたそうだ。 そんな状況を何とかしようと、ある一人の道士が立ち上がった。 道士は、その女の正体を妖怪の類であると考えた。 そして、妖の正体を見破るとされた鏡をとある仙人から譲り受けたのだが、それには心が宿っていたことに気が付いた。 気にせずに使えばいいだけの話なのに、その道士は、わざわざ鏡に対して声を掛けたのだ。 「ある妖怪を退治するのに、協力してほしい」 とな。 鏡は、快く協力した。 道中、色々な事があったが、他にいた仲間たちの力も借り、無事に女の元へ辿り着いた。 そしてその女に鏡を向けると、其処には、醜悪な顔をした狐が映っていたのだ。 道士たちは力を合わせてその女狐を打ち倒し、封印した。 ――そのはずだった。 暫くして彼らは、その忌まわしき女狐めが復活したという情報を聞いた。 そしてソレを追いかけ、大陸より東に位置する島国へと旅立ったのだ。 その後どうなったか、だと? そうだな……彼らは、辿り着いた先の島国で、無事に女狐を倒し、今度こそ封印に成功したのだ。 その後は、各々の好きなように生きたらしいぞ。 ――自分からの話は終わりだ。 なに、ただの伽噺だ。 ……これ以上は何も出ないぞ、さっさと帰れ。
話を聞きたがる百々目鬼を追い返した彼女は、静かに溜息をついた。 過去の事など忘れかけていた彼女であったが、今回の話がそれを思い返すきっかけとなったのだ。 「……なんで思い出しちゃったかのね」 勿論答えが返って来る筈もなく、呟きは虚空に消えるだけ。 目を閉じて、遠い日の記憶に思いを馳せた――
「こいつが、件の鏡か。思ったより安っぽいな」 いきなり手に取られたかと思えば暴言を吐かれる。 第一印象は、最悪であった。 「ん? こいつ、もしかして自我を持っているのか?」 今更気が付いたのかと内心毒づく。 「おい。お前、自分らに協力しろ」 断る、と言いたくても、こいつらには届かない。届いたところで聞き入れられないだろう。 こうして、長い旅が始まった。 旅を始めて、暫く経った時の事だった。 「なあ。お前って、人の姿とかになれないのか?」 道士が、興味深そうに聞いてきた。 大方、醜い姿だったら笑いものにするとか、そういった魂胆だろう。 乗ってやろうじゃないか。 気を集中させ、人の姿に変化する。 「これで、いいか?」 ヒトの言葉はまだ慣れないが、こいつらの言葉を真似た。恐らく大丈夫だろう。 道士を含む他の仲間たちは、顔を赤らめて目を逸らす。 「……ああ、そうか。ヒトは、服という物を身に着けるんだったな」 ちょうど着なくなった服が余っていたということでそれを譲り受けた。 男物であったため少し大きかったが、無いよりは良いだろう。 「して、道士よ。これで満足か?」 向き直って訪ねる。 道士は、まだ少し赤らんだ顔で答える。 「あ、ああ。思っていたより美人で、吃驚したが」 「褒めても何も出ないぞ」 美人、か…… 「あれ、少しにやけてないか? 褒められたのがそんなに嬉しかったのか?」 「は!? そ、そんなわけないだろう! ええい、見るな!」 その日はいつもより、少しだけ楽しかったかもしれない。
「とうとうここまで来たか……」 この城に、目的のヤツがいる。 そいつが妖怪だったら、それを倒して解決。 できなかったら……国家反逆罪かなんかで捕まるだろう。 自分は鏡に戻ればやり過ごせるだろうが、他は無理だろう。 つまり、二度目は無い。 「大丈夫か、鏡。さっきから震えてるぞ」 「ただの武者震いだ。お前こそ、ここまで来て怖気づいたとか言うなよ」 まだ軽口を叩き合う余裕はお互いにある様だ。 自分ら二人以外は、敵の部下を抑えている。 だから、決戦に挑むのは自分と道士だけ。 怖くないと言えば嘘になる。それでも―― 「行くぞ」 道士の声に頷く。 決戦の時は、すぐそこだ。
城内は、静まり返っていた。 二人分の足音だけが響き渡る。 道なりに真っ直ぐ奥へと進んで行くと、其処にソレはいた。 「あらー? ここまで来たのね?」 なるほど、絶世の美女というのも頷ける。 見た所、常時魅了の術を放ち続けているようであったが、それを抜きにしても美しいと思う。 それとも、そう思っている時点で既に術中に嵌っているのだろうか。 いや、そんなことは関係ない。 こいつの正体を暴くため、手に持った自分の本体――鏡を向ける。 そこに写った姿を見て、驚愕した。なぜなら―― 「か、鏡……!?」 そこに写っていたのは、自分と瓜二つの女。 が、少し考えれば納得できた。アレはもしかして……いや、そんなことよりも。 隣の道士に目をやると、驚愕のあまり目を見開いていた。まあ、仕方のないことだと思うが。 狐の耳や尾が生えているなどの相違点はあるが、自分でさえもこいつが本物なのではと錯覚してしまいそうなほどに似通っていたから。 「驚いたかしら? これが私の、本当の姿よ」 そう言って、女――いや、女狐めは妖しく笑う。 「国賊どもに交じって貴女がいるって知った時、本当に驚いたのよ。だって貴女は――」 「黙れ妖怪!」 こいつの言葉を遮って道士が叫ぶ。 「こいつが何者かなんて関係ない! こいつは――大切な仲間だ!」 お前そんな風に思ってたのかとか色々言いたいことはあるけど、今は其れどころじゃない。 ――こいつを打ち倒し、そして封印する。 その為に、自分たちは此処にいる。 この女狐の言いたかったことはおおよそ理解できた。だって、自分の事だから。 それでも、そんなことはどうだっていい。 「おい、道士。行けるか?」 「行けるに決まってんだろ。お前の方こそ大丈夫なのか?」 目配せしあって走り出す。 戦いの火蓋は切って落とされた。
戦いは、長い間続いた。 時間の感覚も失い、喉の渇きも空腹も忘れて、気を抜いたら呼吸さえ止まってしまいそうな程、長い時間だった。 ようやく、女狐めが動きを止めた。 「――はぁ、はぁ……貴女たち、やるじゃない」 相手は既に疲労困憊、だがそれはこちらも同じだ。 「鏡、作戦通りに行くぞ」 道士の言葉に頷き、再び女狐に向かって走る。 そして掴みかかって―― 「道士! 今の内だ!」 自分がこいつの動きを止めている間に、道士が封印を施す。 そういう手はずになっていたのだが―― 「おい、どうした! さっさと封印しろ!」 道士は動かない。 「……鏡は――お前は、どうなる」 「そんな心配してる場合か! これまでの時間を、仲間たちの努力を、自分らの存在を、無駄にする気なのか!」 そこまで言って、ようやく、道士は動き出した。 自分とこの女狐を中心に、封印の術式が展開される。 ――それでいい。 どの道、こいつを封印したら自分はお払い箱だ。 それなら少しでも役に立てる方が良い。 「おい、お前。なに情けない顔してるんだ」 俯き気味な道士に声を掛ける。 「自分なら、大丈夫だ」 「……鏡! 自分は、お前が――」 何かを言いかけた道士だったが、封印の術式が起動する。 そして、視界が黒に染まった。
「貴女、なんであんなことしたのよ」 真っ暗闇の中、暇だったのか女狐が話しかけてきた。 特に無視する理由もないので答える。 「それは申し訳ないと思っている。ああでもしないと、止められないと判断したものでな」 これに関しては本心だ。 実際、こいつは強かった。 「そこまでして、私を封印したかったというの?」 「当然だ。そのために旅をしてきたのだから」 自分とこいつに何の関係があるのかだとか、そんなことはどうでもいい。 「そうなのね……そんな貴女に朗報よ」 もったいつけるように笑いかけてくる。 「なんと貴女は、もう一度あの道士に会う事が出来まーす」 だって貴女、あの道士のこと好きでしょ? と女狐は笑う。 「……へ?」 予想外の言葉に、一瞬思考が止まった。 「――それはどういうことだ」 「まーまー、直ぐに分かるから、ちょっと待ってなさい」 凄く嫌な予感がする。 それでも、今の私にはこいつを止めるだけの力が残っていない。 そうこう悩んでいると、女狐は空間に穴を開け始めた。 「ちょ……何してる!」 「何って……脱出だけど」 あわてて引き留めようとする。 ここでこいつに脱出されてしまったら、今までの努力がすべて水の泡だ。 それだけは阻止しないと。 「……わかったわ。それじゃ、私と交渉しましょ?」 初めはもちろん断ったのだが、必死に懇願してくる彼女を見ていると少し可哀そうに思えてきた。 「話ぐらいなら、聞いてやってもいい」 ありがとうと笑う彼女――正直、自分と同じ顔なので可愛いとは思えないが。 「それで、交渉の内容なんだけどね――」 ……確かに、それはこちらにも利がある。 だが、 「お前が嘘を吐かないという保証は?」 「それこそ、貴女の力で分かるでしょ? 私は嘘を吐いていないって」 確かに、それもそうだ。 確かにこいつは嘘を吐いていない。 だけど、この話を受けた場合、こいつは何を得るのか。 それが分からないから、イマイチ信用に欠ける。 それでも、 「――わかった。信じてやる」 そう言うと、女狐は満足そうに笑った。
眩い閃光に包まれ、目を開くと、其処にはあの道士たちがいた。 「鏡! 目が覚めたか!」 「こ、こは……?」 記憶が曖昧で思い出せない。確か女狐と共に封印されて…… 「あの妖怪の封印が解けた。協力して欲しい」 「礼儀知らずなのは変わらんか」 初めて出会った時を思い出すな。だが、今はそんな場合ではない。 「この照魔鏡、喜んで力を貸そうではないか」 あの時と今は違うのだから。 「ありがとう。早速だが、アレは海を越えて東の島国へと逃げたらしい。まずはそこへ向かう」 東の島国か…… アレも上手く逃げるじゃないか。 「わかった」
初めて乗った船に大興奮だった自分は、東の島国へと辿り着いた頃には疲れ果ててしまっていた。 それでも休んでる暇はなく、直ぐに女狐を捜すべく出発した。 「そういえばお前さ、名前とかないの?」 道中道士に尋ねられた。 「……いきなりどうした」 質問の意図がよくわからず、思わず尋ね返す。 「いや、ずっと『鏡』って呼ぶのもアレだろ? だから名前があるなら教えて欲しいと思ったんだが……」 「そんなことか。残念ながら、自分は唯一無二の種だからな。ニンゲンの様に個体名を持つ必要がないのだ」 強いて言うなら、照魔鏡というのが名前だな。 そう告げると、道士は何かを考え出した。 「どうしたんだ?」 「……なぁ。お前の名前を考えてもいいか?」 名前、か。 「お前がそうしたいなら、そうしてくれて構わない」 驚いた、そんなことを言う奴は初めてだ。 そう言うと道士は、そうか? とこちらを見てきた。 「あぁ。お前は変わった奴だ」
そのまま暫く歩いていると、女狐の気配を察知した。 「道士、ここら辺に――」 言いかけた時、突然視界が歪む。 「――くっ」 「大丈夫か!」 道士が駆け寄ってくる。 倒れかけた体を無理矢理支え、大丈夫だと答える。 「それよりも……あっちに奴がいる」 術を掛けられかけた。 それにより、奴の大まかな居場所が分かったという訳だ。 走って行くと、案の定、其処に奴はいた。 「あら、見つかっちゃったわ」 そう言って笑う女狐。 「もう逃げられないぞ」 「そのようね」 ……? 何かが可笑しい。 何故こいつはこんなに余裕でいられる? 「お前が何を考えているのかは知らんが、大人しく封印されろ」 女狐はくすくすと笑う。 「な、何が可笑しい!」 「あぁ、ごめんなさいね。貴女の演技があまりにも滑稽だから、つい笑っちゃったわ」 演技だと? 心当たりは全く無い。 「なんのことだ?」 「何をとぼけて――あぁ、もしかして覚えて無いのね」 そう言うと女狐は、くるりと回りながら妖しく微笑んだ。 「それなら、もう一度教えてあげるわね」
「――信じられるか、そんなこと」 「でも、本当のことよ。彼女に訊けばわかると思うわ」 こいつが話した内容は、とても信じがたいことで。 それでも、こいつの言う通り。 嘘ではないとわかってしまった。 自分は、彼女と取引をした。 彼女を封印から解き放つ代わりに、自分と彼が結ばれるよう協力してもらうと。 私は馬鹿だ。人の心を無理矢理動かすなんて、其れこそ奴と同じなのに。 「さて、貴女との約束はおしまい」 そう言うと女狐は、道士の方へ向かって歩く。 「やめろ! そいつに近付くな――」 「貴女はもう用済みなの」 止めようとしたが、一撃で振り払われる。 「ねえ、そこの道士さん。私と、一緒にならない?」 ……は? 何を言っているんだこいつは。 呆気にとられる自分たちを置き去りに、女狐は続ける。 「貴方が一緒に来てくれるのなら、封印されてあげてもいいわ」 こいつは何を言っているんだ。 道士が? こいつと一緒に? 「冗談もたいがいにしろ」 こいつは、自分にも取引を持ち掛けてきて、そしてそれを守らなかった。 信用なんてできない。 「それは貴女の意見でしょ。そうじゃなくて私は、彼の意見を聞きたいの」 「じ、自分は……」 それまで口を閉ざしていた道士が喋り始める。 その時私は、理解してしまった。感じてしまった。――視えてしまった。 道士の心は揺らいでいる。 あれを封印するためにとか、そんなじゃない。 道士は、あれに惹かれ始めている。 「道士……行くな」 普通だったら、ここで止めないのが正解なのかもしれない。 それでも、自分は行ってほしくなかった。 だって、自分は……いや、私は―― 「――私は、貴方の事が好きだ!」 堰き止めていた感情が、音となり溢れ出す。 叫びだした私を見て二人は驚いた様な顔をしていた。 「か、鏡……?」 「どうしようもないくらい好きなんだよ……ごめん、ごめんなさい」 彼を困らせているのは分かっている。それでも、この感情の止め方を私は知らない。 そして、それと同時に、忘れたフリをしていた私と彼女の関係についても思い出した。 私と彼女は――姉妹のような存在だったのだ。 彼女は、私に姿を映してくれた。だから姿が似ていた。 知識を与えてくれた。だから道士たちと話が出来た。 感情を教えてくれた。だから私は恋が出来た。 それなのに―― 「貴女は、私から全て奪った……! あの時だって――」 私はかつて、彼女に捨てられたのだ。 「貴女……思い出したのね、全てを」 裏切られた怒り、届かない愛、奪われる悲しみ、そしてほんの少しの罪悪感。 二人へのやり場のない感情が、私の中でどろどろと混ざり合う。 「お願いだから、一人にしないで……見捨てないで」 立っていられなくなり、その場に崩れるようにして座り込む。 二人は黙ったままだ。でも、何を考えているのかは分かる。 今だけ、この力が恨めしいと思った。
「鏡、すまない。一緒にいてやれなくて」 あの後は、何があったのかよく覚えていない。 ただ覚えているのは、彼らは大陸に戻り共に封印されるということ。 そして、自分が封印の義を執り行わなければならないということだ。 「それにしても、この国に戻ってくるのも久し振りだな」 船の甲板から、陸が見える。あと少しで辿り着ける。 ……辿り着いてしまう。 「本当に、後悔しないのね」 落ち着いた声で、女狐が尋ねる。 道士は、何も言わずに頷いた。 二人を封印する地は、かつての城――更に言えば国が一望できる丘の上に決まった。 「私ね、本当は、国や男なんてどうでも良かったの」 道中、女狐がぽつりぽつりと語り始めた。 「ただ、それらは私が贅沢をするための道具でしかなかった」 この女は幼い頃はあまり恵まれていなかった。 多すぎる天敵に怯え、少なすぎる餌を分け与え、かなり苦しい生活を送っていた。 だがある時妖力に目覚め、贅沢な暮らしを求めてやってきた……らしい。 「同情の余地はあるだろうが、自分はお前を許さんぞ」 こいつが過去どんな生活を送っていようが、自分がこいつを許す理由にはならない。 こいつもそれを理解しているのだろう。 こちらを向いて小さく頷くと、再び口を開いた。 「でも、今ならわかる。王が民の為に尽くすのも、人と人が手を取り合うのも、愛という感情に基づいたものだって」 遠くを眺め、そう零す。 その姿に無性に腹が立って、思わず顔を顰める。 今まで散々人を踏みにじっておいて、どの口が言うのか。 こいつを封印できるのが自分だけじゃなかったら、その役割が無かったら、自分はこんな奴に着いて行く必要はないのに。 「さ、着いたわ」 そんなことを考えている間に、目的地へ辿り着いていた様だ。 「ここに、私達を――封印して欲しいわ」 先程までよりも真面目な顔をして、女狐は言う。 「――鏡」 道士に名前を呼ばれる。 「お前の名前を考えた。何を今更と思うかもしれないが……」 名前、か。そんな話もしていたな。 「お前の名前は――」 そうか。お前は、最後にとんでもない呪いを残していくのだな。
『――もし、自分が封印の中で消滅して、あれだけが復活したら、その時は――照、お前に任せる』 そう言って彼は、女狐と共に封印された。 彼らは、彼女を見捨てた。 そうではないとわかっていても、そう思わざるを得ない。 「あれは……あれらは、馬鹿だった」 彼は、彼女が愛してやまない道士は、彼女を置いて行ってしまったのだ。 月明かりに照らされた涙が、きらりと輝いた。
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